これは「一日一時代説」と言われている説で、聖書を文字通り読まなくても良い、御言葉を文脈から切り離して解釈しても良いというメッセージを暗黙の内に伝えているので、非常に危険な思想です。

創造の一日は現在の1日と考えなくても良い、千年でも地質学的一時代と解釈しても良いという考え方で、まさしく進化論が土台になっています。

創造の過程で述べられている「日、ヨーム」というヘブル語(原語)は、聖書の箇所によっては、必ずしも文字通りの一日ではないという、屁理屈がまかり通っています。しかし、日本語の「日」でも、英語の「day, Day」でも、文脈により、用法によりある時には文字通りの「日」を指さないこともあるのはヘブル語と変わりありません。

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(1)聖書の記述からの詳細な検討

①「御言葉の解釈は御言葉で」という大義名分に立って、Ⅱペテロ3:8がいつも引用・・悪用されて「一日一時代説」を根拠としてこの説の正しさを主張されています。

しかし、「一日は千年のように」という聖句Ⅱペテロ3:8はどのような文脈で述べられているのか、簡単に見てみましょう。これは、創造週の日のことを説明しているのではないのです。下に引用した聖句で分かるように、「終末のさばきの日は一体いつになれば来るのか」という問いに対する答えとして書かれているもので、主は一人でも滅びないように忍耐しておられると述べているのです。

「しかし、今の天と地は、同じみことばによって、火に焼かれるためにとっておかれ、不敬虔な者どものさばきと滅びとの日まで、保たれているのです。しかし、愛する人たち。あなたがたは、この一事を見落としてはいけません。すなわち、主の御前では、一日は千年のようであり、千年は一日のようです。主は、ある人たちがおそいと思っているように、その約束のことを遅らせておられるのではありません。かえって、あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。」(ペテロの手紙第二3章7節-9節)

ペテロは詩篇90:4を引用しているのですが、この詩篇の作者モーセは、時間が神のものであり、時間は重要なことではないという主の視点を強調しているだけなのです。ところが、文脈から明らかなように、ペテロは創造の御業について語っているのではなく、終わりの日のことを語っており、詩編の作者の視点を乗り越えて語っているのです。再臨の日の遅延は、主の目にはいささかも遅延ではないこと、時間を超越した主であること、主の愛と大きな恵みが人々に及ぶためであることを語っているのです。

「まことに、あなたの目には、千年も、きのうのように過ぎ去り、夜回りのひとときのようです。」(詩篇90篇4節)

 

② 出エジプト記に、「主が六日のうちに天地万物を造られ七日目に休まれたように、イスラエルの民に対して、六日間働いて七日目を主の安息日として覚え、聖なる日とせよ」と、主ご自身がご自分の創造のみわざを根拠に、安息日についてモーセに命じておられます。このことは創造の一日が、24時間の一日と考える以外の解釈が御言葉から否定される強い証拠です。

安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ。六日間、働いて、あなたのすべての仕事をしなければならない。しかし七日目は、あなたの神、【主】の安息である。それは【主】が六日のうちに、天と地と海、またそれらの中にいるすべてのものを造り、七日目に休まれたからである。それゆえ、【主】は安息日を祝福し、これを聖なるものと宣言された。(出エジプト20章8節-11節)

 

③ 創造の記述そのものが創世記1章に主によって記録されているとおり、1日ごとに区切られて記されています。

創世記1:5 地、時間、空間、光を創造された。
神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。夕があり、朝があった。第一日。
1:8 水を上の水と下の水に分離し、間に大気を創られた。
神は大空を天と名づけられた。夕があり、朝があった。第二日。
1:13 大地と水を分け、植物を造られた。夕があり、朝があった。第三日。
1:19 太陽、月、星を造られた。夕があり、朝があった。第四日。
1:23 海の生き物、空を飛ぶものを造られた。夕があり、朝があった。第五日。
1:31 陸の生き物を造られた。そして神の御姿を映して人を創られた。
神はお造りになったすべてのものを見られた。見よ。それは非常に良かった。
夕があり、朝があった。第六日。

このように一日、一日を非常に秩序立って創造され、「夕があり、朝があった」、つまり地球が1回自転して24時間経過したことを記し、創造主は明確に6日間の創造であることを、創世記に記述しておられるのです。

(2)聖書の原典の言葉からの検討

 

ヘブル語 “YOM” (ヨーム) ≡ 英語 ” DAY” ≡ 日本語 “日”

 

  • 旧約聖書中 ヘブル語 “YOM“ 2301回 使われています。
  • 英語 “Day(s)” or “day(s)“:  NKJV 1852 (646) 節(~回?) NIV 1641 (464) 節(~回?)
  • 日本語”日”: 新改訳 1460節、 新共同訳 1628節、 口語訳 1540節

 注: 記号「≡」は数学的にイコールという意味ではなく、等価・同等の意味を持つ、ということ。


“YOM”、「日」 が異なった意味で使われる場合。

 

その昔、父の時代には、車で10日かけて、日中、オーストラリアの奥地を横断したものだ。

創 15:12 日が沈みかかったころ、創 25:18 ある日、創 35:3 苦難の日、創 49:1 終わりの日

日本語でも、英語でも、文脈によって「日」「Day, day」の意味は明白であり、文脈をねじ曲げて異なった意味に解釈するのは極めて不自然であり、間違っているのです。


【主】は大きな魚を備えて、ヨナをのみこませた。ヨナは三日三晩、魚の腹の中にいた。

(ヨナ書1章17節)

 

これを、「ヨナは3000年間、魚の腹の中にいた!?」と理解する人はいないでしょう。


何故、創世記だけ、”YOM” の意味を疑うのか?

 

Brown-Driver-Briggs、ヘブル語と英語の聖書辞書: ”YOM”は、「夕と朝によって定義される日」

創世記 1章以外での ”YOM”、「日」 の使用例

 

  • 数字との組み合わせで、何「日」410回・・・・・常に文字通りの1日という意味
  • “夕”と”朝”の組み合わせで(”日”という言葉を使わないで)38回・・・・常に文字通りの1日という意味
  • “夕”または”朝”という言葉が、”日”という言葉とセットで23回・・・・常に文字通りの1日という意味
  • “夜”と”日”という言葉がセットで52回・・・・常に文字通りの1日という意味
(3)創世記1章を進化論と調和させようとすると生じる問題

① 進化や長い年月を要する 聖書全体と不適合です。

聖書は、進化や創造に長い年月を要したという考えには真っ向から対立します。

② 創造主は聖であり、完璧な方です。その方と一日一時代説とは相容れません。

③ 「夕、朝」という言葉、創世記5章、11章に記述されている系図と矛盾します。

④ 死、混乱は罪の結果です。一日一時代説では死、混乱が生じますから矛盾します。

⑤ 7日目も文字通りの1日であり、他の6日間だけそうではないという考えとは矛盾します。

(4)科学的検討

一日一時代説の科学的破綻

 

「もし、創造の1日が千年だったなら」

第3日:花・種・果実をつけて創造され、そして、花はほとんど受粉せず次の年、僅かに受粉しても、果実も種子もなく、やがて朽ち果てた。数年で樹木だけになり、やがて、植物は全て滅亡へ。土地も貧弱になった。海と大地を持ち、植物も何もない地球が、空中に浮かんでいた。

第5日:水の動物と飛ぶ動物の創造。~ヶ月で餓死。地球は死骸の山。

第6日:陸の動物と人間の創造。全部餓死。死骸の塊・地球が太陽の周りを回っている。

 


宇宙・地上の自然法則

 

  • 創造主は、物理法則・化学法則・生物法則、宇宙の全ての法則を定められた。
  • 地球が1日、24時間で自転し、1年で公転し、全宇宙、地球、生物など全てがその条件下で安全に存在
  • 太陽、地球、月、それぞれが定められた「大きさ」・「性質」・「相互の距離」・「公転」・「自転」など、が正常に維持されている
  • 自然界の時計: 昼と夜・季節・1年の長さ

植物:昼は光合成、夜は呼吸だけ。季節毎に芽を出し、花を咲かせ、葉を散らせ、果実を実らす。
昆虫:青虫がさなぎになり美しい蝶々になる。
両生類:オタマジャクシがカエルに
植物の受粉は昆虫・鳥などの媒介に依存する。

  • 体内時計・バイオリズム:

生命反応に重要。すべてが整えて造られた。
体内時計が乱れるだけで、生命を正常に保つホメオスタシス機能が損なわれる。
代謝異常、睡眠障害など、健康が損なわれる。
生命反応は相互に見事に支え合うように創造され、全生物界はこの地球環境に於いて、完璧な有機体として統率されているのです。