私たちは光というと反射的に太陽光だと思ってしまいがちですが、もとより太陽光ではありません。太陽は光を発する源、すなわち光源であり、ロウソクや電球と同じようなものです。光とは物理学的には、粒子的性質と波の性質の両方を持ったものであると説明されています。光自身を理解出来なくても、光がない状態はよく分かると思いますが、真っ暗闇という状態です。光とは、例えばその真っ暗闇に雨戸の隙間を通して外から差し込んでくる一条の光のようなものを想像して頂くと分かりやすいかも知れません。

「光あれ」は翻訳間に大差はありませんが、問題の箇所は多少差があります。「光があった、光が出来た、光が現れた」という翻訳は微妙に意味の違いがあり、原語はどうか分かりませんが、光が初めからあったという説、光が創造されたという説など幾つかの説があります。また、光はイエス・キリストご自身、シャカイナ・グローリーであると考えている人もいます。しかし、イエス・キリストは万物を創造された方ご自身ですから、「光あれ」という御言葉ご自身であり、それに呼応して現れるなどということはあり得ないと考えます。

初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。この方は、初めに神とともにおられた。すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。(ヨハネの福音書1章1節~3節)