一般の科学では、大陸移動説の提唱者はアルフレート・ウェゲナーで1910年に提唱したことになっていますが、実は1859年に、創造論者であったアントニオ・スナイダーが、創世記1:9~10に大陸が一つであったことが暗示されていることからヒントを得て提唱したのが始まりです。

大陸移動説は、プレートテクトニクス理論の普及と共に受け入れられるようになりました。プレートテクトニクス理論とは、地球の表面はいくつかの堅いプレートからできており、そのプレートがゆっくりと移動することによって、その上に乗った大陸が分かれたと考えます。またプレートが衝突して盛り上がった所には山脈が生じ、プレートが衝突して沈み込んだには海溝が生じると考えます。
しかし、年に10cmほどのプレートの移動・衝突でヒマラヤ山脈が生じたとは考えにくいのです。なぜなら、何千万年もの長い間移動して、すっかり堅い岩石になってしまった地層が衝突したら、ばらばらに崩れてしまいます。地層の形をそのままに残した山脈など出来そうにありません。

創造論では、ノアの洪水の時に急激なプレートの移動が起こったと考え、洪水によって出来たばかりのまだ柔らかな地層が衝突して盛り上がり、大山脈や大海溝が出来たと考えます。これを激変プレートテクトニクス・モデルと呼びます。